• コラム

2015年7月9日 | アジア

Jリーグ、幸せの国・ブータンへ(2)冷静と情熱のあいだ編


ブータンの子どもたちにJリーグ各クラブのファン、サポーターの皆さんから寄贈されたユニフォームを届ける活動が実施されました。この活動はこれまで、カンボジア・東ティモール・ミャンマーで実施されていて、ブータンで4カ国目となります。

今回から日本政府が推進する「スポーツ・フォー・トゥモロー認定プログラム」として実施されたこの活動に、ボランティアとしてアジアサッカー研究所が同行し、Jリーグと一緒に、ブータンの子どもたちへユニフォームを届けてきました!

「スポーツ・フォー・トゥモロー認定プログラム」について
http://www.jleague.jp/release/post-36230/(Jリーグプレスリリース)
http://www.soccer-king.jp/news/japan/20150703/327490.html(Soccer King)




ブータンは総人口が約70万人。この人口を日本に置きかえると、島根県が一つの国として独立しているようなものだ(国土の面積は九州くらいある)。単純に考えればブータンサッカー協会は島根県サッカー協会と同規模であり、ブータン代表は島根県選抜と同規模のチームということになる。このような規模のナショナル・フェデレーションでFIFA総会の議席を持ち、かつナショナル・チームとして世界と戦っているわけだが、そこで一つの疑問が生まれた。

ブータンは、発展のために様々なものを切り捨て、環境破壊などに苦しむ他国の姿を教訓として、自国の文化や伝統を守り、伝統を絶やすことなくゆっくりと国を発展させるために「肯定的な鎖国」を行ってきた国だ。サッカーで世界一を目指したり、サッカービジネスを発展させたりするという考え方は、そもそもこの国の概念として存在しないのではないか?という疑問だ。

首都ティンプーのメインストリート。ブータンには信号機が一つもなく、唯一の信号は警察官の手信号。


そこで「貴協会のミッションとは何か?」という質問を投げかけたところ、「それはとても根本的で重要な質問だ」と前置きしながら、テクニカルダイレクターが答えてくれた。

「第一義的には、Gross National Happiness(ブータン王国が提唱している指標「国民総幸福量」)の向上に貢献することです。サッカーを普及し、楽しんでもらうことで、人々が日々幸せを感じて暮らせることを目指しています。第二に、タレントを発掘し育てること。選手が活躍することで、国民に幸せを届けることができると考えています。そのために、我われの協会では2つのピラミッドを考えていて、一つはサッカーを楽しむ、いわゆるアマチュアのピラミッド。もう一つはプロ(トップリーグは現在8チームで構成)のピラミッドです。実際にはそうなってはいませんが、ゆくゆくは全国に20あるすべての管理区(県)にクラブチームがあるようにしたい。また施設面でも、すべての管理区にグランドを1つ以上用意する計画を少しずつ進めています。平地が少ないので土地の確保も難しく、長い道のりなのです。」

川沿いのわずかに平らな土地を利用しサッカーグランドが作られている。

川沿いのわずかに平らな土地を利用しサッカーグランドが作られている。


なるほどブータン協会の仕事とは基本的にボトムアップ、つまり“サッカーやってて楽しい!”と感じる人と場所を増やすことであった。富裕層のステータスや闇ビジネスのためにサッカークラブを売買することもある、周辺諸国のバブルなサッカー事情よりは、よほど健全に聞こえてくる。

「まだ選手登録システムが導入されていないので、正確にどれくらいのプレーヤーがいるかは、わからないのです」という話だが、衛星放送で隣国インドのISLをはじめ、ヨーロッパ各リーグの試合中継まで見られることもあって、子どもたちは今後もサッカーをやり続けることだろう。

唯一見かけたアスファルトのフットサルコート。インドアスタジアムの建設もFIFAにリクエスト中だという。

唯一見かけたアスファルトのフットサルコート。インドアスタジアムの建設もFIFAにリクエスト中だという。


またトップ選手の育成という面では、今年の3月に行われたロシアワールドカップアジア1次予選でスリランカを相手にアウェイでワールドカップ予選初勝利を挙げて2次予選に進出したほか、初の海外リーグプレーヤーとしてタイ・プレミアリーグのブリーラム・ユナイテッドFCと契約した選手が誕生したとのこと。ブリーラムといえば何らかの政治的、経済的配慮を感じずにはいられないが、いずれにせよACLの常連となっているタイ最強クラブに移籍するというのはブータンサッカー界にとって画期的な出来事だ。

このトップ選手の育成には長らく日本が関わっており、日本サッカー協会のアジア貢献活動の一環として、継続的に指導者が派遣されている。2008年から行徳 浩二氏、2010年から松山 博明氏、2012年から今年1月まで小原 一典氏(現カンボジアサッカー協会テクニカルダイレクター)、そしてこのワールドカップ2次予選からは築館 範男氏が代表監督として指揮を執っている。

JFAから派遣された4人目の日本人指導者、築館ブータン代表監督

JFAから派遣された4人目の日本人指導者、築館ブータン代表監督


総人口の少なさゆえにプレー人口も少ないものの、選手の供給とその強化については継続性が途絶えることはない。しかしあまりトップの引き上げばかりに固執すると予算もかかり、財源確保のためのビジネス化に目を向けざるを得なくなる。さらに国の経済発展や、外国からの情報や資本の流入によって起こりうる「幸せ」の価値の変化。こういった事象に対してどうバランスを取り、舵を切っていくかは今後、ブータンサッカー協会の腕の見せ所である。


>>パロ編(後編)につづく

>>ティンプー編(前編)を読む

(アジアサッカー研究所/長谷川)