• コラム

2016年7月4日 | フィリピン

フィリピンサッカーに挑む日系クラブ「JPヴォルテス」に迫る

今季からフィリピンのトップリーグに参戦している「JPヴォルテス」は、日本人オーナーのもと、日本人監督がチームを率い、外国人枠を日本人プロ選手が占める、いわゆる「日系クラブ」である。サッカー後進国のフィリピンで日系クラブが設立された背景や紆余曲折を経てプロ化に至った経緯、さらにはクラブとしての今後の目標について、自身も海外でのプレー経験が豊富な星出悠選手兼監督に話を聞いた。

(前編「日系クラブ「JPヴォルテス」選手兼監督が語るフィリピンサッカーの現状」)

Hoshiide (2)

選手兼監督として日系クラブ「JPヴォルテス」を牽引する星出悠。トリニダード・トバゴリーグで活躍して中米版チャンピンズリーグにも出場した実績を持つ異色のフットボーラーだ。


―日系クラブであるJPヴォルテス が設立された経緯を教えてください。

2009年にフィリピンのサッカーリーグがプロ化された際、2部リーグに参加するチーム数が少なかったため、日本人駐在員で構成されていた「Manila All Japan FC」というチームにリーグ参戦の声が掛かりました。当時の2部リーグには外国人枠が存在しなかったため、ほかにもイギリス人やイラン人だけのチームなどがあり、国際色豊かなリーグでした。

Manila All Japan

日本人駐在員で構成されていた「Manila All Japan FC」

3年前から2部リーグにも外国人枠が適用されることになったのですが、駐在員が中心のチームにはフィリピン人選手を雇うお金もありませんでした。そこでフィリピン人の学生を「プロと試合をする経験ができるぞ」と誘って、試合の時だけ参加してもらうことになりました。しかし、駐在員の皆さんも忙しくて毎週土日をサッカーに使うのは厳しいですし、リーグのレベルも上がってきてプレー的にも厳しくなってきた。そんな状況が重なった中で、現在の日本人オーナーがクラブを買い取ってプロ化することになりました。

プロ化した当初は、もともと所属していた日本人駐在員、日本人のプロ選手、そしてフィリピン人の学生とプロ選手という4タイプの選手が混成している状態でした。急きょ作ったチームだったので、初年度は2部に残留するのが目標でしたが、2年目にはなんとか1部昇格を決めました。

現在のチームの実力はリーグの中間くらいで、今季はベスト3に食い込むことを目指しています。開幕前のカップ戦で強豪のグローバルFCと試合をして0-1で惜敗しましたが、チャンスはこちらの方が多くあったくらいでした。2年前にグローバルと試合をした時は0-12でしたから、差はだいぶ縮まったと思います。

―星出選手がJPヴォルテスに加わった経緯を教えてください。

僕がフィリピンに来たのは、2011年にグローバルFCに移籍した時です。その当初から、日本人コミュニティの方から「サッカーを教えてほしい」と言われて、(JPヴォルテスの前身である)Manila All Japanで臨時コーチのような形で指導をしていました。当時フィリピンでは、プロクラブでも練習が毎日はなかったので、自分のコンディションを保つためにも、積極的にManila All Japanの練習に参加していました。グローバルFCのオーナーや監督も僕が2部のチームで指導していることは知っていましが、「フィリピンサッカーの底上げになるなら」と認められていました。今年からJPヴォルテスが1部リーグに上がったことで、選手兼監督として本格的に移籍することにしました。

JP Voltes 2016

日本人選手とフィリピン人選手で構成された2016年のJPヴォルテス。写真後列左端が星出悠選手兼監督。

今季のチームは、外国籍選手はすべて日本人で、僕を含めて7人が所属しています。そのうち試合に出場できるのは、ベンチ入りを合わせて4人までとなっています。所属選手はフィリピン人選手、外国籍選手とも全てプロ契約です。実は開幕前のカップ戦では外国籍選手のベンチ入りがもう1人OKだったのですが、リーグ戦からは急きょ変更になりました。そういった決定事項も本当にギリギリになって知らせてくるので、外国人選手と多く契約してしまったチームは困っているはずです。年間スケジュールなどもそうですが、国民性的に先のことをあまり考えられない傾向にあるようです(苦笑)。


―クラブとしての目標を教えてください。

やっている以上は優勝が目標と言いたいところですが、現状では自分たちは中堅のポジションだと思うので、トップ3を狙いたいと考えています。そのためにコツコツと準備しているところです。クラブとしての長期的な目標は掲げていませんが、僕とオーナーの間では、いずれはAFCカップ(AFCチャンピオンズリーグに出場できない国や地域の上位クラブによって争われる大会)に出られるようになりたいと話しています。

実際にカップ戦を戦ってみて、思っていたよりできている選手もいましたが、チームとしてはもう少しやって欲しかったというのが正直なところです(準々決勝で敗退)。僕自身は監督として、采配うんぬんよりも、選手のケアやコミュニケーションに気を配っています。フィリピン人選手と日本人選手のグループができてしまうので、双方の間に入ることも必要だと思っています。

―星出さん自身は何を目標にしていますか?

今年は選手兼監督というほかにも、グローバルという大きなクラブから中堅クラブに移籍するという自分にとって勝負の年になりました。グローバルが引止めてくれたのを振り払ってJPヴォルテスに来たので、その選択が正しかったということを結果で見せるしかありません。

Hoshiide (3)

2011~15年はフィリピンの強豪クラブのひとつ「グローバルFC」でプレーしていた星出選手。

今年で39歳になりますが、選手として1日でも長くサッカーをやっていたいと思っています。これまで指導者になろうと思ったことは一度もありませんでした。実際に指導者をやってみて、やっぱり選手の方がイイなとものすごく感じます(笑)。ただ、選手兼監督という立場を1年経験してみたら、指導者をやってみたいと思うようになるかもしれませんね。

海外に出てから9年目、フィリピンは5年目になりますが、今後もフィリピンでサッカーをしたいという思いはありません。監督までやることになったので、周囲からはフィリピンでサッカーを続けたいのだろうと思われているかもしれませんが、僕自身にはこだわりはない。他の国のサッカーも見てみたいし、プレーしてみたい。フィリピンだけと限定してしまうと、自分の可能性を縮めてしまうことにもなりますから。


Yu Hoshide/星出悠

1977年8月16日生まれ。東京都出身。三菱養和SC→明治大学→YKK AP→ハリスバーグシティ・アイランダーズ(米国)→ノーザン・バージニア・ロイヤルズ(米国)→ジョーパブリック(トリニダード・トバコ)→スポルティング・クラブ・デ・ゴア(インド)→グローバルFC(フィリピン)→JPヴォルテス(フィリピン)。日本人として初めてトリニダード・トバゴ・リーグでプレーし、CONCACAFチャンピオンズリーグにも出場。その後、インドを経て2011年からはフィリピンに活躍の場を移し、今季から選手兼監督として、日系クラブ「JPヴォルテス」を牽引する。


(アジアサッカー研究所/安藤)