• コラム

2017年1月17日 | ベトナム

急速に深まる日本とベトナムのサッカー交流、2016年の動向を総括


Jリーグは将来的なアジアサッカーの発展を見据えて、2012年にアジア戦略を本格的にスタートさせた。これまでに東南アジア各国のリーグとパートナーシップを結び、クラブ間および人材面での交流を続けてきたが、2016年で最も目立ったのは、ベトナムサッカーとの繋がりだった。今回は2016年のベトナムサッカーについて、“日本との交流”をキーワードに振り返ってみる。

“ベトナム黄金世代”がJ2リーグに移籍

水戸に移籍したグエン・コン・フオン(中央)

水戸に移籍したグエン・コン・フオン(中央)

Jリーグのアジア戦略で欠かせないキーワードとなっているのが、スター選手の獲得である。その第一弾として当時J2のコンサドーレ札幌が2013年に“ベトナムの英雄”こと同国代表FWレ・コン・ビンをレンタル移籍で獲得。東南アジア初のJリーガー誕生ということで、日本とベトナム両国で話題となった。そして2016年、ベトナム国内でこの数年、社会現象と化している“黄金世代”の中心選手2人がJ2リーグに挑戦する運びとなった。

“ベトナムのメッシ”の異名で知られるFWグエン・コン・フオンを獲得した水戸ホーリーホックでは、同選手を“いばらきベトナム交流大使”に任命するなど茨城県と水戸市が官民をあげて日越協力関係促進をPR。絶大な人気を誇るグエン・コン・フオンを獲得したことで、国営ベトナム航空やGMOインターネットグループの世界展開ブランドであるZ.com、外国人向け不動産サービスを手掛けるグローバルトラストネットワークスが今シーズン、新たに水戸のスポンサーに加わった。

一方、横浜FCに加入した“ベトナムのピルロ”ことMFグエン・トゥアン・アインも頻繁にベトナム関連のイベントに出席するなどして話題を振りまいた。また、Jリーグは両選手が所属する水戸と横浜FCの直接対決を“ベトナムダービー”と銘打ち大々的にPR。スタジアムに在日ベトナム人を招待して様々なイベントを実施し、ベトナムではイオンモールでパブリックビューイングを開催するなど、積極的なマーケティング活動を展開した。しかし、結局“ベトナムダービー”は、グエン・トゥアン・アインが怪我で欠場。グエン・コン・フオンも顔見世で終盤に途中出場するにとどまり、逆にベトナム人ファンの反感を買う形になってしまった。

J2リーグに挑戦した若きベトナムの両雄だが、その出場時間はあまりにも短すぎた。業を煮やした両選手の所属元であるホアン・アイン・ザライ(HAGL)からは再三のベトナム復帰要請があり、2017シーズンはベトナム復帰となることが決定的となった。来夏には、23歳以下の代表が出場する東南アジア版オリンピック“SEA Games”もあるため、主力の2人を試合勘不足のまま参加させることはできないというのが復帰要請の理由だ。但し、最近の報道では、水戸と横浜FCからの強い要望を受けたHAGLがSEA Games終了後に再びレンタル移籍に応じるとも報じられており、今後の去就に注目が集まっている。

ベトナム国内で大きな論争を呼んだ若き両雄の日本移籍1年目の挑戦は終わった。果たして二人のJ2挑戦は失敗だったのだろうか。「プロは試合に出場してなんぼ」というシビアな考え方をすれば、失敗と言わざるを得ない。但し、アジア戦略での地元スター獲得にはビジネス的な側面が必ずついて回る。その意味では、両選手の獲得により、ベトナムにおける両クラブの知名度は飛躍的に上がり、水戸はスポンサーまで獲得できたのだから一定の成功は収めたとも言える。重要なのは、この動きを継続できるかどうかだ。まだ21歳という若い2人が日本のクラブで過ごした1年で学んだものは大きかったはず。帰国した際のインタビューでは、2人とも日本の環境の素晴らしさやハードワークを怠らない日本人選手のプロ意識の高さについて語っており、選手として成長するためにも、日本に残りたいと話していた。

一方、ベトナムのファンとメディアは“黄金世代”をアイドル視して溺愛するあまり現実を見ていない節がある。出場機会が巡ってこないことについて、選手自身がまだ自分の不足している部分を自覚して客観的にコメントしているにもかかわらず、ファンとメディアは過度な期待をかけるだけかけ、失敗の責任をチームやJリーグ側に押し付けている。それは過保護というものだ。海外志向の高い彼らを無理やりベトナム国内に縛り付けておくのは、今後のベトナムサッカーにとって大きな損失になりかねなない。ずっと以前から言われていることだが、ベトナムには長期的な視野というものが欠けていると感じずにはいられない。

Jクラブのトップチームや下部組織が続々とベトナム遠征

G大阪とPVFのパートナーシップ締結式

G大阪とPVFのパートナーシップ締結式

水戸と横浜FCがベトナム人選手を獲得した以外では、2016年は複数のJクラブがベトナム遠征を実施した1年だった。年初には、HAGLと提携関係にある横浜FCが新シーズンに向けた1次キャンプをベトナムで行っており、シーズン終了後の11月から12月にかけては、アビスパ福岡がベトナム代表と親善試合、湘南ベルマーレが地元プレシーズン大会、横浜FCがU-21国際選手権に出場するために訪越している。

ベトナムにおけるJクラブの知名度は、AFCアジアチャンピオンズリーグ(ACL)に出場するような強豪クラブでない限り、まだまだ低いというのが現状。しかし、こうしたローカル大会に出場して結果を残すことで、Jクラブのレベルの高さを改めて地元のサッカーファンに実感してもらえる。また、Jクラブにとっても、選手に東南アジアという全く異なる環境を経験させることで、精神的なタフさや国際舞台での経験を積ませる場にもなる。

この他、Jクラブの下部組織がベトナム遠征するケースも増えており、2016年はガンバ大阪と川崎フロンターレが訪越して、地元のアカデミーと親善試合を行っている。このうちガンバ大阪は今年、ベトナム屈指の名門アカデミーであるPVF(PROMOTION FUND VIETNAMESE FOOTBALL TALENTS)と提携し、PVFのU-15チームに指導者を派遣。川崎フロンターレは、親会社同士がビンズオン省で都市開発案件を展開している関係で、ベカメックス・ビンズオンFCと下部組織や指導者間の交流を毎年行っている。どちらも継続して下部組織間の交流を続けていく方針で、今後はこうしたアンダー世代での日越サッカー交流を通して様々な化学変化が起きるのではないかと期待されている。

Vリーグ唯一の日本人選手、元横浜FC井手口正昭が大活躍

HAGLに加入したベトナム唯一の日本人選手井手口

HAGLに加入したベトナム唯一の日本人選手井手口

前述のような活動を通して、日本人選手やJクラブの実力が認められれば、当然、ベトナムプロリーグ(Vリーグ)で日本人選手を獲得してみようという動きにも繋がる。ベトナムの1部リーグでは外国人枠が僅かに2枠しかなく、2部以下にいたっては、外国人選手の登録自体が禁止されている。さらに、Vリーグでは大柄のアフリカ系選手が好まれるため、フィジカルで劣る日本人選手にとっては非常に狭き門。そんなベトナムで今年大活躍した日本人選手がいる。

井手口正昭は今年、提携関係にある横浜FCから完全移籍でHAGLに加入。弟は、弱冠20歳で日本代表に招集されたガンバ大阪所属の井手口陽介。ポジションも同じボランチだ。当初は、背が低い日本人がベトナムで助っ人として活躍できるのかと疑問視されていたが、豊富な運動量を武器に、瞬く間にチームの中心選手となった。チームは今年も14チーム中12位とパッとしない成績だったが、中盤でハードワークする井手口の存在がなければ、残留できたかどうかも怪しいものだ。

井手口は今シーズンの活躍が認められ、晴れてHAGLと契約更新。さらに、来シーズンは元U-17アメリカ代表で、日本育ちのDFフェアー・モービーが加入することも決まっている。アメリカ・ニューヨーク出身のフェアー・モービーは、スイス人の父親と日本人の母親を持つ。2014~2015シーズンにはJ3のSC相模原でプレー。来シーズンは、元Jリーガーの2人で、リーグワースト3の50失点の守備陣を立て直す。

近隣のタイやカンボジア、ラオスなどでは現在、多くの日本人選手がプレーしているが、今年ベトナムでプレーしたのは井手口のみ。しかし、今後の井手口やモービーの活躍次第では、ベトナムでもより多くの日本人選手がプレーできるようになる日が来るかもしれない。

ベトナム代表ブランドは健在、日系企業多数がスポンサード

VFFとスズキ社のスポンサー契約締結式

VFFとスズキ社のスポンサー契約締結式

ベトナムのスポーツエンターテインメントにおいて、サッカーの人気は圧倒的なものがある。中でも、やはりベトナム代表チームへの関心は非常に高く、多くの企業がスポーツマーケティングでベトナム代表の人気を活用。過去にはホンダ、現在はスズキ、ヤンマー、Z.comが協賛している。

このうち、ヤンマーは、ベトナム・ハノイ市で芝再生プロジェクトも展開中。代表チームが練習するベトナムサッカー連盟(VFF)の公式練習場の天然芝改善に取り組み、練習環境改善にソリューションを提供することでチームの強化にも貢献してきた。スポンサー契約を更新した今年は、ヤンマーブランドへの親しみをより深めることを目的として、公式練習場のネーミングライツを獲得し「YANMAR FIELD」(愛称)と命名した。

今年から新たにスポンサーに加わったスズキは、東南アジアサッカー選手権「AFFスズキカップ」の冠スポンサーとして、ASEANでは既にお馴染みの日系企業。スズキは、ベトナムにおいてサッカーを通じたマーケティングを行うことで、ブランド構築および四輪車・二輪車の販売拡大を狙っている。また、同じく今年からスポンサーとなったZ.comは、ネット人口の多いベトナムでインターネットインフラ事業の拡大を図っており、スター選手のグエン・コン・フオンと個別スポンサー契約を結び、同選手を起用したプロモーションを展開中だ。

日越サッカーの交流が一層強化された2016年はまもなく終わりを迎える。Jリーグがアジア戦力を推進する中で、2017年以降も日越サッカー界では、ビジネスや人材育成、社会貢献などあらゆる分野での交流が活発になっていくことが予想される。経済成長著しいベトナムは30歳未満の若年層人口が多く、消費活動も非常に盛ん。安定した政治・社会情勢、親日家の多さなども味方して、サッカーのみならず様々なビジネスシーンにおいても日本にとって最良のパートナーになり得る存在だ。


(アジアサッカー研究所/宇佐美)

※ 本稿は「ハーバービジネスオンライン」にも掲載しています