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2015年8月28日 | カンボジア

タオマフ文化が、カンボジアサッカー界に誕生


カンボジア対ブータンの国際親善試合で、これまでの試合では見たことのない光景があった。


ファンの手に、カンボジア代表のタオルマフラーが掲げられていたのだ。


ゴールの瞬間、マフラーを手に喜ぶカンボジア代表ファン

ゴールの瞬間、マフラーを手に喜ぶカンボジア代表ファン


なにしろこれまでサッカーチームを応援するという文化がろくに存在せず、わずかにグッズはあったものの、試合会場で販売することもなければ、それを買う人もいなかった。


カンボジアではサッカーは人気のスポーツ。かつては国際親善試合でオリンピックスタジアム満員の集客を誇った時代もあった。しかし、約20年間続いたカンボジア内戦を経てサッカーの指導者もいなくなり、弱体化した自国のクラブチームや代表チームを応援しようという雰囲気は無くなっていた。


そんな中、ワールドカップ2次予選に進出したことで巻き起こったカンボジア代表ブーム。これまでカンボジアリーグの人気クラブ・プノンペンクラウンFCがチームのマフラーを作ったり、今年になってカンボジア代表ユニフォームサプライヤーのFBTが、カンボジアの伝統的な綿ショール“クロマー”を用いた応援グッズを作ったりしたが、代表マフラーはカンボジアサッカー史上、初めての出来事だろう。


プノンペン市内に1軒だけあるFBTオフィシャルショップで手に入るクロマータイプの応援グッズ、8US$。Angkor Warrior (アンコールの戦士)はサムライ・ブルーのようなチームの呼称のようだ。

プノンペン市内に1軒だけあるFBTオフィシャルショップで手に入るクロマータイプの応援グッズ、8US$。Angkor Warrior (アンコールの戦士)はサムライ・ブルーのようなチームの呼称のようだ。


アジアサッカー研究所は販売ブースに直撃した。


このマフラーを制作したのは、Star Nigth氏。(ハンドルネーム)

カンボジア代表チームのエースFWワタナカ選手の大ファンで、自らがワタナカ選手とカンボジア代表チームをサポートするにはどうしたら良いかを考えた結果、このマフラーを思いついた。


自分で作ったマフラーを選手に手渡した時の写真を見せてくれたNigth氏。

自分で作ったマフラーを選手に手渡した時の写真を見せてくれたNigth氏。


外国にサッカーを見に行ったことは無いが、マフラーで応援するスタイルは知っていて、仲間を募って自分たちでデザインし、カンボジア国内の縫製工場で制作した。値段は、カンボジアとしては高額の6US$。母国カンボジアへの貢献を考え、販売利益の30%を病院に寄付するのだという。


日本のサッカーファンで、このレアな「史上初の」マフラーが欲しい場合は、現地の日系クラブチーム・カンボジアンタイガーFCに連絡を取ってみるか、ワールドカップ2次予選カンボジア戦の行われる11月17日にプノンペンのオリンピックスタジアムに行くと良いだろう。


11/17にプノンペンに行くファンは、このブースを探そう。マフラーの制作に関わった仲間同士で販売しています。

11/17にプノンペンに行くファンは、このブースを探そう。マフラーの制作に関わった仲間同士で販売しています。


また、この国際親善試合のゴール裏には、ブラスバンドを組んで試合中に音楽で応援をリードするというグループが現れた。観客はこの音楽に合わせて手拍子したり立ち上がって踊ったりするなど、盛り上がりを見せていた。


日本のファンからしてみれば、「なんだそんな普通のこと」と思うだろう。

しかし、内戦時代にスポーツ、デザイン、音楽など人間らしい表現の自由を奪われ、未だに学校で体育や音楽の授業がほとんど無いカンボジアにおいては、これらは本当に画期的なことなのだ。


これが、半年前までのカンボジアサッカーの"日常の風景"だった。

これが、半年前までのカンボジアサッカーの”日常の風景”だった。


ブラスバンドは10代の若い学生のグループだった。彼ら若い世代が中心となって、試合ごとにカンボジアのサッカーの歴史は変わり続けている。


おそらく、11月17日に開催される日本代表戦の後には、日本代表サポーターに感化された、ゴール裏で歌うサポーターが登場するに違いない。カンボジアは極めて親日の国で、日本の良いものは素直に取り入れるメンタリティを持っているからだ。


(アジアサッカー研究所/長谷川)